都市部で乱発傾向! うつ病の怪しい診断書

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休職期間を2カ月に区切る精神科医の算術

「気分が落ち込んで、会社に行けなくなってしまいました。休職したいので、診断書を出してください」

最近、初診のときからこのように要望される患者さんが多くなりました。

精神科の医師としては、「こういう症状があって辛いので、何とかしてほしい」
という依頼を受け、まず診察・治療を行うのが通常のステップだと私は考えています。

それだけに、すぐに診断書を欲しがる患者さんとの意識のギャップに、戸
惑いを隠せません。

そうした背景には「うつ」に対する考え方の変化があるようです。

従来は「大うつ病」といい、意欲や活動性が極端に低下し、罪責感や時には死を願う気
持ちを強く持つような重篤な状態となって初めて精神医療の対象となりました。

それが近年は、たとえば「気分変調症」といって、そう激しくはない気分の落ち
込みが長く持続するような状態も、疾患の範疇に含まれるようになったのです。

気分変調症は精神障害の国際的な診断基準であるDSM(Diagnostic and Statistical Manual of Mental
Disorders)にも載っています。

しかし、重篤感のない気分の変動までも医師が「病気」として扱うことは、時には患者さんが人生の課題に対峙する機
会を奪うことにもつながります。医師は診断をつける際には慎重であるべきです。

また、10年ほど前からは「新型うつ」の概念も定着してきました。

自分の好きな仕事や活動のときは元気な一方で、それ以外のときは極端に気分が落ち
込んでしまうのが大きな特徴です。また、自責感に乏しく、他罰的で、何かあると会社や上司のせいにしたがります。

ですから、休職することにあまり抵抗感や
罪の意識を持ちません。

この新型うつに関しては多くの学者がいろいろな説を発表していて、病気と扱わない立場の医師もいるほどです。

しかし、うつ病の概念が広がりを見せるのと歩調を合わせて、うつ病を含む気分障害の患者数が急増しているのも事実で、厚生労働省の「患者調査」によ
ると、1996年に43万3000人だったものが、2008年には104万1000人と2.4倍にもなりました。

しかしながら、休職することにほとんど抵
抗感を抱かず、初めから休職の診断目的で受診するタイプの方が、そのなかには相当数含まれていると推測することもできそうです。

加えて見過ごせないのが、精神科を標榜するクリニックの増加です。厚労省の「地域保健医療基礎統計」によると96年に全国に3198施設あった精神
科のクリニックは、08年には1.7倍の5629施設になりました。特に増えているのが、東京、大阪、神奈川、千葉などの都市部です。

現在の日本の医療システムでは、昨日まで内科医だった医師でも、今日から精神科の治療ができます。

精神科の専門医とか精神保健指定医でなくても、医
師が希望すれば自分のクリニックを精神科として標榜し直すことも可能なのです。

そのような状況の医師の方々も、真剣に患者さんと向き合っているものと私は信じています。

しかし、都市部では競争相手の多い診療科をやめて精神科を標榜し直し、経営の効率化を第一に考える医師が、少なからず紛れ込んできているようです。

再診時の「通院精神療法」の健康保険の点数は、5分以上30分未満の診察だと320点。

診療報酬は1点に付き10円ですから3200円になります。

一方、
診断書は保険の適用外で1通当たり3000~5000円が相場。

そこで、つべこべいわずに患者さんの要望に合わせて診断書を出し、売り上げアップを図るク
リニックが散見されるようになってきたからです。

実際に私が見聞した例に、治療に必要な休職期間を2カ月に区切って診断書を出している精神科のクリニックがありました。

通常、うつ病が回復するまで
には3~6カ月の期間を要します。

当然、2カ月たった時点では、まだ回復していない公算が大きいわけです。

そのとき「休職期間が切れてしまうから、もう1
回診断書を出しておきましょうか」といって、改めて診断書の料金を請求しようというのでしょうか。

休職6カ月の負担カバーには売上げ1億円が必要

実はクリニックの経営効率化、売り上げ重視という点で、健康保険制度による弊害も生まれています。

30分以上診察したとしても400点、つまり診療報酬は4000円で、30分未満のときとの差は800円しかありません。

それなら1人当たり5分の
診察時間で、「3200×6=1万9200円」の診療報酬を30分内に得たほうが、経営には大きなプラスという計算が働きます。

患者さんの心の動きを観察
したり、困っていることなどを聞いていったら、15~20分は必要になるのにもかかわらず……。

なかには「自立支援医療(精神通院医療)」の制度を経営効率化の“道具”に使うクリニックも現れ始めました。

基本的に窓口での支払いをかかった医療
費の1割に軽減し、家計の負担能力の低い人たちでも安心して精神科の治療を継続して受けられるようにするものなのに、きちんとした企業に勤めて安定収入の
ある患者さんにまで、「認定を受ければ自己負担が減りますよ」とでもいうように勧めているのです。

この制度では、精神通院医療の受給者証に記載された指定自立支援医療機関の窓口に、健康保険証と受給者証を一緒に提示することで、窓口負担が軽減さ
れます。

つまり、認定に当たって自分のクリニックをその指定自立支援医療機関としてしまうことで、患者さんを囲い込めるのです。

「自立支援」「クリニック」のキーワードでネット検索すると、PRを兼ねた指定医療機関のホームページがいくつも出てきます。

こうした精神医療の現場のことがわかってくると、部下が持ってきた診断書に対して「本当にきちんと診断したものなのか」「休職した後、ちゃんと治療
を行ってくれる医師なのか」と疑問に思う上司の方も出てくるでしょう。

初診で出された診断書だとわかったら、なおさらのことだと思います。

正直にいって現在の精神科の医療現場では、クリニックや医師によって診察や治療のクオリティーにかなりばらつきがあるのが現状です。

1年間も治療を受けていたのに、なかなか回復の兆しが見えてこなかったうつ病の患者さんが「どうしてなのか」と医師に問いただしたところ、当の医師が「本来、私は内科が専門で、精神科は専門外だから」といって、その後、私たちのような精神科の専門のクリニックに丸投げしてきたこともありました。

気になる診断書についてですが、これまで私が見たなかで「ひどいな」と思ったのは、うつ病と診断して抗うつ薬の投与も始めているのに、休職期間が2週間と
いう内容のものでした。2週間というと、抗うつ薬の効果がやっと出始める頃。ですから2週間という休職は本来ありえないはずで、その診断や治療内容に対し
て、大きな疑問を抱かざるをえませんでした。

すでに精神科の医療現場の問題点を察した企業関係者の方もいらっしゃるのか、「違う医療機関でもう一度診察を受けて、診断書をもらい直してほしい」
と休職を申し出た社員に求める会社も徐々に増えています。

実はこの2週間の休職の診断書も、そうした会社からの照会で目にしたものだったのです。

もっとも会社サイドからしたら、そうした行動に出るのも無理はないように思います。

社員が休職することによって生じる目に見えない会社側の負担は想像以上に大きいからです。

データを見て、「えっ」と驚く読者の方もいらっしゃることでしょう。

これは年収600万円の社員が、発症3カ月間を経て6カ月の休職に入り、その後に試し期間3カ月を終えてから本格的に職場復帰した場合の会社側負担
の試算です。

休職期間中の傷病手当は健康保険から支給されて本人の給与分が減るものの、その他のコストがかさんで481万5000円の負担になります。売
上高営業利益率が5%なら、この負担をカバーするのには1億円近い売上高が必要になる計算です。

適切な治療に欠かせない会社との連携

最近「明らかな病気とはいえないが、健康ともいえない」というケースに数多く遭遇するようになりました。

精神科の診断には心電図や血液検査のような
目に見えるデータがなく、自殺など最悪の事態を想定して、つい患者さん寄りの対応になりがちです。

しかし、病気でもないのに休職を認めたり、精神通院医療
の認定を受けさせたりするなど、医師が“疾病利得”の片棒を担ぐのも間違いだと考えています。

ですから私は、大うつ病のようによほどの重篤感のある患者さんでない限り、初診の段階では診断書を出さない方針を貫いています。

「この人は病気では
なくて、単に休みたいだけなのではないのか」と思ったときには、「休職について会社と連絡をとって、いまの仕事について相談してみるけどいいですか」と聞
いてみます。

すると、本当に“ズル休み”をしたい人はまず再診に訪れません。

そもそも初めに治療ありきのはず。

休職させることだけが、精神科の医師の仕事ではないのです。

患者さんの話に耳を傾けて助言を与え、適切な投薬も行
いながら、3カ月なり半年間は患者さんにも頑張っていただく。

その延長線上に初めて休職のための診断書という選択肢が出てくる。

初診の段階から「医師は診
断書を出してくれる人」と考えるのは間違いですし、それに安易に応じてしまうのも医師としておかしく、社会保険制度負担や社会コストを増加させてしまうよ
うに思います。

そして、いまビジネスパーソンのうつ病の治療に当たっての大きなポイントになってきているのが、会社との連携です。

精神科の医療現場で、患者さんが
医師に伝える話のすべてが真実ではありません。

「会社にちゃんと行っています」といっても、実は長期間にわたって休んでいたり、逆に「会社に行けない」と
いっているけど、勤怠を問い合わせたら欠勤がなかったりということがあるのです。

ですから医師が正しい診断を下して治療を行うためには、上司や人事の方、
そして産業医を含めた連携が必要不可欠なわけです。

また、それが実現できれば、休職という判断の前に日常業務の負担を減らしたり、精神的な負担の少ない職場への配置転換など、的確な助言を医師の立場
からも示せます。

それで貴重な人材を一時でも欠くことを回避できるのなら、会社のメリットも大きいはずです。

実際に、社員のメンタルヘルスへの意識の高い
会社で、積極的に外部の医師と連携しているところもあります。

しかし、ここでネックになるのが何度か出てきた健康保険の制度です。本人の診察のほかに家族との面談は通院精神療法として認められて点数が付きます
が、会社の関係者は保険の適用外なのです。

結局、医師が診療報酬なしのボランティアを覚悟するか、会社に診療報酬に見合うお金を負担してもらうしかありま
せん。この点に関する診療報酬の改善を切に要望します。

コンプライアンス(法令遵守)の関係で社員に対する安全配慮義務が厳しく問われる時代になっているだけに、会社サイドも精神障害に関する社員の主張に甘くなってしまう傾向にあるようです。

しかし、それで根本的な問題が解決されるわけではありません。

職場の上司には「君はそう思うんだね」と傾聴はしても、安易に同意しない冷静な対応が求められます。

際限のない要求に関して、時には会社のルールに
照らしながら「組織としてできない」と毅然とした姿勢を示すことも必要でしょう。

腫れ物にさわるような対応ではなく、ごく普通に接することが本人のために
なるケースがあることも覚えておいてください。

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